ブログ名が決まらない

仕事(企画・広報)で学んだことを中心に書きます。たまにそうでもないことを書きます。つまりなんでも書くつもり。

サービスを提供する側と提供される側で考えておきたいこと。

クレームとか、お客様の声とか、そういうのってなんだろ、って思うことがありました。(書いてみましたが、うまくまとまらず。あしからず。)

 

一人である定食屋へ。昼時の混んでいるときです。6人席の隅に1人で案内されました。

その席で食事をしていたら5人客がちょうど入ってきて相席となり、6人席に自分1人と5人客。目の前に他のお客さんが座ってきました。まあそれは仕方ない。混んでるし。

しかし次の瞬間こちらに断りもせずタバコを吸い出しました。びっくり。(そもそも、その店が喫煙可であることに気づかなかったことが失敗なのですが。)

 

一応気を遣ってくれて煙を横向きに吐いているのですが微妙に臭い。そこまでタバコ苦手では無いのですが、それでもちょっとこの状況はなんだかなー、と思いました。

店員さんに言うにも目の前のお客さんに気づかれて微妙な雰囲気になりそうだし、なんなら金だけ置いて店を出てしまおうとは思いましたが、ちょっと我慢すれば完食できるし、、、ということで、結局食べきってさっさと出ました。

 

しかし時間が経過してからなんだか納得できないというか、なんで自分が我慢してるんだろうと。もうあの店に行くのは辞めようかと思ってしまうわけです。

あれ。これって客も店もなんだかもったいないなー、と。

客は自分の不満をちゃんと伝えることができず店に対する不満が高まる。

店は客を一人失うだけではなく、店が抱えいてる課題を解決するチャンスを失う。

 

どうにかうまく伝える方法がなかったものか。本件以外の面では味もサービスもよくて気に入っていた店だけにもったいない。

 

最近、逆の立場でお客様からの声を聞く機会があって、頻繁に意見を言ってくれる人がいるんですが、このお陰で色々と問題点が明らかになっていって改善が進むんですよね。システム開発で例えると優秀なテスターみたいなもんです。どんどん課題をあぶり出してくれる。

 

やはり何かサービス提供を受けるときに気になる点や不満があれば、店のことを思って伝えてあげるべきだろうし、店としてもそういう声はありがたく受け入れるのがお互いにとっていい関係になるんだろうなと思いました。

 

お客様の声を大切にしている例

顧客に愛される、カルビーのクレーム対応 : 日経BizGate

「フルグラに大きな塊が入っていた」という連絡をした90歳のおばあちゃんの話。丁寧な顧客対応をすることで、お客さんが更にファンになったそうな。

 

その一方で、客のクレームに敏感になりすぎて過剰サービスをしてしまっている状況であれば、それはそれで問題であって。

これって“過剰”? ニッポンのサービスが変わる - NHK クローズアップ現代+

歌手 三波春夫さん
「雑念を打ち払って、あたかも神様の前に立つような、お客様方を神様と見て、私は舞台に立つわけでございます。」

 

三波春夫さんの長女 三波美夕紀さん
「父が生きているときから、『お客様は神様です』という言葉に対する誤用というのはあったので、ずーっとなんですね。
違う使われ方がしているんだな。」

 

「お客様は神様なのでどんなサービスでもする」ではないんですよね。「お客様はお客様」でしかないわけで。これが誤用であることはもっと広まって欲しい。客とサービス提供者はお互いのことを対等に考え、お互いのことを考えた関係であると良いなと思います。

 

こんな記事も今日は見つけました。

「注文をまちがえる料理店」一般にも! 間違えても笑顔絶えない空間 - withnews(ウィズニュース)

いい取り組み。注文した料理と違うものが出てきても誰もクレームなんて言わない。

 

なんかちょっと違う話題も出てきたりして話がまとまらん感じなんですが、要は、過剰サービスは疲れるのでやめましょう。お互いを思いやってサービスを受ける側、提供する側、それぞれが良いマナーを持って接するといいよね。ということなんだと思います。

 

サービスを提供する側に回った際には客の言いなりになってしまうのではなく。また、自分が客になった際には過剰なサービスを求めないようにしつつ、店のことを思って言うべきことは言ったほうがお互いにとってプラス。そういう点を意識していければいいかなー、と思います。

 

今日思ったことはそんなところです。